河合隼雄さんのサイトにしてはお粗末すぎる気がする。
臨床心理学者なのは確かだけど、個人的には「心理療法家」と言った方がふさわしい気がする。
でも、河合隼雄さんは「河合隼雄さん」でいい気がする。
一度ご一緒させてもらって食事した。
握手して、サインしてもらって、「文化庁長官」の名刺をいただいた。本当は「国際日本文化研究所所長」の名刺が欲しかった。
唐揚げがお好きだったようだ。ワインを一本ご自分で開けてがぶがぶ飲んでいたのでびっくりした。でも、とてもお疲れのご様子だった。最後に一緒に写真を撮って頂いた。
フルートの演奏と講演会をいずみホールに、講演会もどこであれあれば絶対に機会を逃さずに行った。
倒れられた時には、いつか河合隼雄さんは目を覚ましてくれるだろうと、すっと一年近く思ってた。亡くなられた時は、「ああ、河合隼雄さんはずっと深くご専門の無意識の中へ、夢の中へと入ったまま戻ってこられなかったのだな」、と思った。
追悼式に行ったけれど、中沢新一さんも弔辞で同じことを言っておられた。と言うか、著名人に限らずファンの方々も口を揃えてそう言ってた。
追悼式では、河合隼雄さんが対談した方々を実際に目にした。
面白かったのは、トイレから出たらホテルに通じる廊下に向かって報道陣がカメラを構えてたので僕も見ていたら、いろいろと文化人やら著名人が通っていく。
そうしているうちに大勢のスーツの男性陣が来たので何事かと思ったら、真ん中に小泉純一郎首相がいた。テレビで見たままだった。小さかった。「ああ、この人ならあれだけのことを、軸もぶれず、揺らぐこともなくやってのけるな」って感じがした。
僕は、かなり早くから行っていたので、写真も何枚か撮ったけれど、この間のデータが飛んだ時に、一緒に消えてしまった。追悼式の写真が消えて、生きていた時に一緒に撮った写真が残った。それでいいのかもしれない。
河合隼雄さんの本は出るたびに買った。本屋さんに通うのが楽しかった。あの頃はものすごい勢いで本を書いておられた。河合隼雄さんのおかげで、いろいろな方や児童文学を知り、読書の幅が広がった。村上春樹を読むようになったのも、プリンストン大学での対談(「こころの声を聴く」新潮文庫所収)がきっかけだった。
親分さんのような方だった。どっしりとしていた。
鶴見俊輔さんの弔辞は驚くほど短かった。でも、最後に「僕は、あなたに出会えて、本当に良かった。あなたのことが大好きです!」が胸に来た。彼は「読むのに10年経っても読めるのに耐えられる本こそ本当の本です。河合隼雄の本がそうだ」とどこかで書いていた。
僕は、河合隼雄と村上春樹の本を何度でも繰り返し読んでいる。
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